「バイオリンの小部屋

2006年5月の日記
2007年2月7日
アイメリーク州のネッケンファーム訪問
 あっという間に2月になってしまいました。お陰さまで忙しい日が続き、日記の更新も全くしていませんでした。また、早くも更年期障害なのか?のぼせ?がひどく微熱と体全身のコリが続き、数日間苦しんでいました。JIVEの常連様のお1人である国立病院の看護婦さんに相談したところ、「ストレスだろうから、まずは休みなさい!」とのことで次の日は丁度休日を取っていたこともあり、自分の好きなことをして休むことにしました。会社には一歩も近づかず、最低限の家事をかたづけ、「ママさ〜ん。」とまとわりつくダダっ子も無視して自分の休日を作ることにしたのです。
 まずは朝一番にクールエコールさんに行ってフェイシャルをお願いしました。Before-Afterの違いに期待するより、エステティシャンさんの指がスルスル顔をなでていく「気持んよか〜。」の何とも言えない至福の時を味わうのが第一目的です。が、そこはさすがゴワガワだった面の皮を柔らかくしてくださいました^^。
 その後は夫のお昼ご飯を作って、自分は音楽の相棒であるドラゴン亭のママさんと一緒にアイライビューホテルへ。今度の5月に企画しているバイオリンの先生をお招きしてのコンサート会場探しの、下見を兼ねたランチです。こちらにあるピアノを試し弾きさせてもらい、バイオリンとも合わせました。
 そんなこんなで自分の好きなことをして過ごしましたら、あらびっくり、あんなにひどかった体の異常なコリ(ちょうど病み上がりのときの筋肉痛&関節痛のような感じでした)が消えてしまいましたとさ・・・。

 さて、本日の昼間はアイメリーク州にある台湾とパラオの共同の農業試験場である「ネッケン・ファーム」に行ってきました。今般、観光にも力を入れていきたいとの趣旨で、政府関係者や観光業関係者を招いてのワークショップ、施設案内、製品の試飲・試食などが行われました。
 こちらは1985年に台湾政府により開かれたとのことで、台湾人の農業博士の元、野菜、フルーツ、お花などの栽培をなさっています。色々な意見交換会も行われましたが、こういって何かに力を注いでいる人達と交流するに付け、こちらもやる気と元気をもらうものです。
 で、以下本日の体験記を写真にてご覧いただけたらと思います。

    
 左&中:農園の入り口で地元の民族衣装の美男美女のお出迎え。こんな素敵な方々にお出迎えされるのはナイス
     ですね。〜。若い人達より、むしろ年季の入った味わいがあってよかですよ!
 右:農場の風景

   
 左:葉っぱで編んだカゴが器になります。中:タピオカ、タロを使ったパラオワン・スィーツの数々。
 右:今日はアイメリーク州とガツパン州の協力で食べきれないほどのメニューが並び、ご馳走になってしまいました。


   
 左:バナナで作ったスダレ?がなんとも良い雰囲気をかもし出します。
 中:農場でとれたフルーツの数々。パパイヤの天然の甘さは言うまでもありません。
 右:農場で取れた新鮮なトマト。今までトマトはアメリカからの輸入に頼っており、品薄と味気なさ(って、
   ブッシュさん、ごめんね。^^)には地元のレストランはあきらめモードでしたが、、今後はこの「本来の
   トマトの味」を持つネッケン産トマトがたくさんスーパーに並ぶことを期待しています。

2007年2月12日
最近の小さな出来事から
@ スガワラガーデンでの収穫
                               
 義理の両親は数年前にそれぞれ仕事を引退し、今は岩手の片田舎で自家栽培で農作物を作っています。遊びに行くと朝から晩まで、寒い日も暑い日もよく作物の世話をして頭が下がります。義理の父は国内外で農業を専門に学んだこともあり、知識と経験は農学博士ばりです。岩手に行くと、自家栽培の野菜や山菜、きのこなどが食卓に学び、ヘルシーかつ滋養に富み、野菜本来の味が生かされ、本当においしいものをいただけます。去年遊びに行った時は、義理の母が得意の山菜料理をふるまってくれ、都会育ちの私にとっては見たことも聞いたこともない山菜ばかりでしたが、天ぷらあり、おひたしありと、どれも感動のおいしさで、山菜料理の店顔負けなのでした。
 先日は我が家のスガワラガーデンのリーフレタスを初収穫。無農薬に近いのでざっと洗って、ドレッシングはオリーブオイルとバルサミコ酢で合えました。夫も喜んで食べてくれました。やはり、我家で採れた(とは言っても全て義理の両親が作ってくれたものですが・・・)野菜の味は格別!忙しい日々の中にも、ガーデンの雑草を引っこ抜いたり、野菜の収穫をしたりするのは、気持が安らぎます。これからも義理の両親が作ってくれたスガワラガーデンを大事にしていきたいと思います。

A マンゴプリン好評
 インパックのバックスがマンゴをくれたので、これを利用してマンゴプリン作りに挑戦してみました。レシピはオレンジページに載っていたものを参考にし、お弁当作りが終わった後のJIVEのキッチンで、マンゴをすりつぶしたりして格闘しました。
 夕方戻って、こわごわ冷蔵庫を開けてみるとちゃんと固まっているではありませんか!インパックの従業員の皆に食べてもらったところ、大変好評でした。「レストランのメニューに入れたら?」という意見もありましたが、パラオではマンゴは季節もので1年中ありません。各家庭の庭先になる程度なので、スーパーに出回るまでの供給はとてもではありませんが、見込めません。かたや同じような気候のフィリピンでは特産物で、安く食べることができるのですが・・・。なので、このマンゴプリンも季節限定の数量限定です。また、誰かがマンゴをくれることがあったら作りますからね。今回マンゴをくれたバックスにも数個お家に持って帰ってもらいました。

B ミャーコ
 最近、ミャーコの首輪(日本で買った赤のかわいいやつ)が、なくなっているのを見つけたので、予備のピンクのこれまた日本で買ったものをつけました。そしたら、たった1日でまた紛失していました・・・。うっとうしくて自分でとってしまったのでしょうか?人間のエゴでは首輪は他の野良猫と区別する飼い猫の証拠なのですけどね。またお嬢様のミャーコちゃんにとっては、赤やピンクの首輪がかわいらしくとても似合っていた(親馬鹿)と思うのですけどね。もん吉君(猿)にしろ、ミャーコにしろ、親の心子知らずでせっかく日本のペットショップで購入してきた、ハーネスなり首輪を自分で外してしまうのですから・・・。
 ミャーコは昼間はどこかに散策にでかけていますが、夜になると帰ってきます。ミャーコを見かけたお客様が「ミャーコだ!」とミャーコに呼びかけてくださるので(と親馬鹿には見える)、きっとインパックのホームページでミャーコの写真(インパックのスタッフ紹介のページに生意気にも載っています)をご覧になったのかも^^と思っています。また、お子様のお客様が朝ツアーにお出かけになるときに「今日はミャーコはいませんか?」とお尋ねになられます。おそらく前日にミャーコと遊んでくださり、その日もお会いになりたいと思われたのでしょう。
 猫嫌いの方もいらっしゃるので、営業中はミャーコはゲージの中に入っています。が、猫好きなお客様がミャーコの写真を撮ってくださるにつけ、嬉しくなる親馬鹿なのでした。馬鹿ついでなのですが、ミャーコは色白で(白い毛は本当に真っ白です)目が黒目がちでぱっちりと大きく、手足が長く、他の猫と違って格別に可愛いのです。。。

 家の裏庭のスガワラガーデンより、リーフレタスが初収穫できました。この小さな畑は、家の裏側の庭の一角に義理の両親が先の12月来たときに作ってくれました。土を耕して畝を作り、何種類か種を撒いていってくれたところ、そのうちのリーフレタスがよく育ってくれたのでした。年末年始に長雨、強風が続いたので、他の種類はだめになってしまったものもあります。レタスの隣のパセリは小さいながら着々と育っているようです。
 
2007年2月23日
ありがたいお客様方との交流
 一週間ほど前、元気で仲の良い8人組の若いお客様方が当店を訪れてくださいました。聞けば大学のダイビングサークルのお仲間達とのことで、卒業旅行にパラオにいらっしゃったそうです。サークルのお名前は「マンタ」とのことで、ついに念願のマンタをご覧になられ、これからの新たな社会人人生に幸先良いと喜んでいらっしゃいました。
 この学生さんご一行がお帰りになられる頃、例の如くふらっと大統領がお見えになりました。メンバーのお1人に「あのブルーのシャツを着たおじさん(←失礼、若い皆さんからしますとね^^;)は、パラオの大統領ですよ。」とお声をかけたところ、乗りの良い皆さんはあっという間に大統領を囲んで「写真一緒に取ってください!」ということで、写真撮影会になりました。
 あとで、大統領に「お騒がせしました。」とお声をかけたところ「こちらこそ、若いお嬢さん方と一緒に写真を撮れる良い機会だったよ。それに、観光振興のためには大事なことだ。」とのことでした。
 もちろん、自分にもあんなに若くて新たな人生の展開にむけて胸をわくわくさせることがありましたが、今では彼らの若さがまぶしいばかりです。若いお客様との交流は、こちらも若さを分けていただけるよい機会です。
 その後は、もちろんレストランの車で皆様を宿まで送らせていただきました。多少、酩酊なさっても送迎付のレストランですから、その点はどうぞご心配なくお楽しみいただけたらと思います。(夜間はタクシーの台数が減る上、超過料金が課されることもありますし、徒歩でのホテルへの帰還はおすすめできません。)
 
 数日前、とても品の良いご夫婦がレストランの水際でお食事をなさっていました。翌日、インパックでツアーの受付をしていたところ、ペリリュー島へのツアーへご参加なさるとのこと。奥様が「あなたはもしかしてお祖母さんが長岡出身の方?」と聞かれたので、びっくりして「なぜ、ご存知なのですか?」と答えましたところ、パラオへいらっしゃる前にこちらのホームページをご覧いただき、それがきっかけで当社をご利用いただいたとのことでした。そういえば、日記で「新潟風(多分長岡風)の雑煮」について書いたことがありましたっけ。
 何ともありがたいことではありませんか。そういえば、こちらのお客様がご到着された翌日に、偶然に航空券を取り扱いさせていただき「あれ、新潟空港からお越しのお客様がいるな〜。」と思っていたのでした。不思議なもので、そのときから何となく線はつながっていたのでした。
 お客様がおっしゃるには、今年は暖冬で雪深いことで有名な長岡も殆ど雪が積もっていないとのことで、「遊びに出かけるのが、はばかられる気がした。」とのことでしたが、最近は晴天続きのパラオです、存分にご堪能していただけたら思います。お住まいは悠久山の裏手とのことで、ふと昔訪れた風景が目に浮かびました。
 実際、新潟には住んだことがなく、親戚を尋ねて、また添乗員の頃に仕事で数回訪れた程度です。長岡にあっては、もう20年近く行っていません。が、「新潟」ことに長岡と聞くにつけで、私の中の長岡人の血が騒ぐのでしょうか、「郷愁」の思いにかられます。
 お客様と長岡の話を出来、朝から何ともすがすがしい気分を味わえたのは、もしかすると長岡の先祖の導きがあったといえば大げさでしょうが、家に帰ってからお線香をあげ、その芳香にしばしゆっくりとしました。

 最近、掲示板への書き込みが徐々に増えてきて嬉しい限りです。パラオへいらっしゃった方、インパックや当店をご利用なさった方々が、ホームページを見つけられ書き込みをなさってくださるようです。
 その中に、大人になってからピアノを始められたという女性の方がたまに書き込みをなさってくださいます。ホームページを始めた当初の目的としては、もちろん弊店やパラオの宣伝もありますが、同じ趣味を持つ人が極端に少ないパラオで、大人で楽器やクラッシックを愛好する方と交流できたらな・・・という趣味の部分もありました。
 大人になってからでは、子供のときのように指も頭もついていかない現実がありますが、「好きこそ物の上手なれ」です。励ましあって練習していけたらと思います。

 こんなことがあったここ数日間でしたが、こんなお客様方との心温まる交流があるにつけ、店やホームページをやっていて良かったな、訪れて下さる方、ご覧になってくださる方がいらっしゃるのですから、これからも益々頑張らなきゃとつくづく思うのでした。
 

2007年3月09日
フレンチドレッシングの効用と洋風漬物
 今、夫は日本に仕事で帰国中で独身生活を謳歌しているあちきです。夫のいぬまに色々するべしと画策していたのに、結局日々の仕事と生活に追われている有様で、独身生活も残りもあと僅かとなり、日記も久しぶりの更新となってしまいました。自分1人だと作り置きしたものを数日間にわたり食べ続ければいいので、炊事の煩雑さからは逃れています。そんな中でヘルシーで且つ美味しく「作り置きできる」ものと言えば、漬物やピクルスです。今日はその中でも夫にも好評だった2品を紹介します。

 ま・ず・は・これなくしてはあり得ない ★大活躍のフレンチドレッシング★
 日本のスーパーにいけば、いろんな種類の美味しいドレッシングが売られておりチョイスに迷ってしまうほどです。こちらではアメリカからの輸入品ばかりで、色々試しましたが、どれも同じような味で油分も多く、正直なところ続けて買ってしまうような代物に出会ったことはありません。結果ドレッシングの殆どを自分で作っています。(梅ドレにゴマドレに、ピーナツを加えたエスニック風など・・・)
 洋風サラダや漬物に効力を発揮する「フレンチドレッシング」もわざわざ買うまでもなく簡単に作れます。通常のレシピですと油分はかなり大目ですが、ダイエットを考えて私は少なめにします。
1.オリーブオイル(エクストラバージン)と酢(私はやはり日本の酢がいいですね)を半々。酒又は白ワインを少量加える。塩、胡椒をひとつまみ。好みで分量は適当に調整する。これをクリーム状になるまで攪拌する。その日の気分でこれにレモンの絞り汁、マスタード、ガーリックソルト、ドライハーブ類なども投入。

○ コールスロー
1.キャベツ、にんじん、たまねぎを千切りにする。(キャベツは他の野菜に対し大量に)
2.これらに塩をまぶして漬物容器に入れてハンドルを絞る。容器がない場合は重石をする。(塩が多すぎると出来上がりが塩辛くなるので注意)そのまま1〜2時間くらい冷蔵庫に置く。
3.中身を取り出して水気を絞る。
4.フレンチドレッシング、レモンの絞り汁、好みで少量のマヨネーズで合え完成!
 *コールスローは夫の好物です。最近日本で流行ったキャベツダイエットの影響もあり、我が家ではキャベツメニューは欠かせません!アメリカからの輸入のキャベツは日本とものと違って非常に硬く水気がないので、生食することはまずあり得ません。他には軽く茹でてから大根おろしドレッシングでいただくことも多いです。

○ なすといんげんのアンチョビ風味酢漬け
1.なすを食べやすい大きさに切り、水につけアク抜きをする。いんげん(パラオの長いインゲンはいつでも採れ、非常に一般的な野菜です。なすもパラオ産です。)も4cmくらいの食べやすい大きさに切る。
2.鍋に油を用意。なすは多少高めの温度で色よく揚げる。いんげんは軽くしわがよるまで揚げる。
3.オリーブ(赤い詰め物が入ったスタッフドオリーブがよい)を1/2の大きさに切る。
4.アンチョビを少量(たくさんだと塩辛くなる)包丁でたたいてペースト状にする。
5.なす、いんげん、オリーブをフレンチドレッシング、たたいたアンチョビで合えて出来上がり!
 *すぐに食べてもおいしいですが、1日くらい寝かせると味がまろやかになり、また美味しいです。

        
  これが漬物やドレッシングに欠かせない道具達。     家のミニガーデンのパセリ。だいぶ大きくなった
  特に中央の漬物容器は買ってきてよかった!      のでサラダを飾る日も近い?
 

2006年5月の日記
2007年2月の日記
2007年3月の日記
2007年3月14日
米軍の戦時中に落とされた戦闘機に関するドキュメンタリー映画の上映
 今晩はコーラルリーフセンターにて「Last Flight Home」というアメリカの映画が上映されました。この映画は対戦中にパラオにてMIA(Missinng in Action=行方不明)になった米国空軍の兵隊さんと彼らの乗っていた戦闘機を追うドキュメンタリーで、「Bent Prop Project」というチームが10年回にわたり7回パラオに来て、追跡調査、撮影を行い、今般ようやくそのラフカット版が仕上がり、その上映会が行われたのでした。
 先般よりご案内をいただいていたので、興味のある従業員達を誘い見に行ってきました。パラオには、もちろん旧日本軍のご遺族の方、また以前パラオに住んでいらっしゃった方、その関係者の方々などもお越しになりますので、私共観光業に携わる者としても、パラオの日本時代及び戦時中のことは大いに興味があり、且つ知っておいて役に立たないことはないと思います。
 当初の案内には「戦時中に落とされた戦闘機と戦跡についてのドキュメンタリー映画」とあったので、おそらく日本のものも含まれているのではと思っていましたが、内容はアメリカのものに限定され、当時亡くなった米軍の兵隊さんの遺族の方のインタビューなどもふんだんに盛り込まれ、一緒に行ったロディなどは「涙が出そうだった・・・」とのことでした。
 全体としては、日本の戦闘機や戦跡についての言及は皆無でしたが、大変良い映画でした。今まで戦争を扱った映画や書籍は殆ど日本サイドから描かれているものしか触れたことがなかったので、常にsympathy(同情心)を感じるのは「日本人」に対してでした。が、そういった映画・書物の中で「敵国」としての描かれていた(製作者にプロパガンダ的意図はなくとも、人情として日本にひどいことをしたという悪印象を持ってしまうのは致し方ないとういか)アメリカ軍の兵隊さんにも当然家族がおり、無事の帰宅を待ちわび、が、それが裏切られたときの悲しみは日本人のそれとなんら変わりはないのでした。

 映画の中では、当時の様子を覚えているパラオのご老人達を訪ねて、行方不明になった戦闘機やそれに乗っていた兵隊さん達がどうなったのか手がかりを探ります。その中で印象に残ったシーンがいくつかあります。
 まず、パラオはもともと文字がなかったですし、戦時中はそれこそアルファベットを用いてはならなかったでしょうから(日本の公学校では日本語の使用は強要されていた)、当時の様子を文字で残していなかったのでしょう。が、それが言葉によって代々語り継がれていったとのことでした。
 1人のご老人がある時、空から人間が降ってきたのを覚えていて「その数は3人であった」、これは当時行方不明になった3人のパラオシュートに乗った兵隊さんの数と同じでした。追跡していったところ、撮影部隊は東京にたどり着きました。東京で当時日本軍の兵隊さんだったご老人を訪ねてインタビュー撮影できました。「1メートルくらいの穴を掘り、そこに捕まえたアメリカの兵隊さん(P.O.W=Prison of War、捕虜ということでしょうか)を入れた。英語で抗議されたが言葉がわからなかった。上官に命令され首を切り落とした。そこを通るときはいつも敬礼して通ったものだ。今でも申し訳ないことをしたと思っている。」というシーンがありました。映画を見ていた人全員が一瞬息を呑んだシーンでしたが、この元日本軍(映画ではImperial Army=帝国軍などと訳されていました)の兵隊さんであったご老人にしても、今まで家族にも言えなかった思い切った証言であったことは想像できます。そんなお気持はアメリカの撮影部隊を招いたインタビューの席で、てんぷらなどの日本食が興じられていたことからもわかります。が、この映画では思いっきり彼の家の表札が移され、お名前までも字幕で出ていました。
 また、1944年の9月中旬に米国の戦闘機が飛んできて爆撃を受けたときには「はじめはMIKATA(味方=友達の意味と映画では紹介されていた)の飛行機が爆弾を落としてきたと思ってびっくりした」というパラオのご老人の証言もありました。あんな最中にあっても、日本人はMIKATAと思われていたのかと印象深いシーンでした。
 また、10年の長きに渡り、パラオにやってきては調査を続け、海に潜り続け、ようやく行方不明だった戦闘機や兵隊さんのものと思われる遺骨を発見し、それを棺に入れ米海軍式の儀式が行い、発見の事実をアメリカの家族に伝えるシーンなども感動的でした。
 これらの遺骨収集などに協力をしたJPAC(現地の米軍海軍キャンプの関係者と思われる)のメンバー達が、一緒に上映を見守り、上映後に紹介され拍手を受けました。彼らが皆マッチョなハンサムさんばかりで^^;、「一体、君達は今までどこに隠れていたんだ〜!」と心の中で叫んでしまいました。(とうか、クラレンス相手に実際叫びました)う〜、良い目の保養でした・・・。

 映画の後は、皆でJIVEに戻り、食事&酒をしながら映画の感想など語り合いました。をもちろん、映画は英語でしたので、インパックの日本人スタッフはあまりよくわからなかったかもしれませんが、そこは詳しいクラレンスやロディなどに解説をしてもらったらいいです。海の美しさやダイビングのメッカなどと象徴されることの多いパラオですが、実はこういった大変な時代があったことを現在パラオに住む私達は忘れてはならない、と思います。
        

2007年3月26日
 フィリピンのスター来パ(詳しくは新着情報ページに)
 しばらくずっと風邪気味でした。1週間前はとうとう声が出なくなり、筆談状態に・・・。風邪でのどが苦しい上に、従業員に指示を出し続けなければいけないので、丸2日間に声が出ず不便な思いをしました。これが、日本人同士であれば「あうん」の呼吸で伝わるものもあるでしょうか。感覚の違うフィリピン人従業員相手ですから。
 また、この状態にはストレスが関係あるのかも?とも思いました。さるやんごとなき方もストレスより失声状態に陥ったことが一時期あられましたが、国民の注目を終始浴び続けなければならないお方と私のストレスとでは、とうてい次元が違うわけで、単たる風邪のために声が出なくなっていたようでした。
 4月上旬に私の母の1周忌があるので間もなく帰国します。夫も出席してくれたら、と思っていましたが、当初から夫は3月上旬の友人の結婚式の予定を優先して法事は欠席とのことです。

 先日フィリピンのタレントで女優の「セイ・アロンゾ」さんがパラオにテレビ撮影のためにお越しなりました。当社のボート御利用でロックアイランドへお出かけになりました。ラッキーなことに弁当づくりを終えたJIVEのスタッフとインパックのスタッフ(いずれもフィリピン人)達が一緒に写真を撮らせてもらい喜んでおりました。やはり、常人とは違ってびっくりする色の白さ、肌の美しさ、細さ・・・でした。

この中で誰がセイさんかは一目瞭然・・・。
        

2007年4月の日記
2006年5月の日記
2007年4月16日
 寒い日本から帰ってきました。(雑 感)
 10日に日本から帰ってきました。日本はまさに花冷えといった様子でしたが、パラオに帰ってくると水不足が心配されるほどの晴天が毎日続いているようでした。ちょうどこの季節はレストランの夕日が絶好のポイントに落ちます。島と島の間の水平線上に「じゅっ」と沈みます。
 日本にて、またこちらに帰ってきてから、久しぶりに会う人皆に、さては先日お店にきてくださった大統領にまで「やせたね〜。」と言われます。さぞや、やせて(とは言っても、自分ではとてもそうは思いませんが)不健康に見えるのかもと思いましたが、「やせて丁度よくなった。」というご意見が殆ど。さぞや、以前は「そんなに太ってたぁ〜?」と聞き返してしまうのですが・・・。

 @ 掲示板書き込みのお客様続々来パ
 当ホームページに書き込みをしてくださったお客様方が、私共のレストランとインパックのツアーに訪れてくださいました。掲示板でやり取りをしているときは、「どんな方かな・・・。」と楽しみにしていましたが、実際にお会いできて感動もひとしおです。皆様、充分にパラオでのご滞在を楽しんでいただけたとよいです。

 A JIVE OFF会in TOKYO
 今回の帰国中に、これまた掲示板で知り合ったお客様と東京月島で、「第一回JIVE OFF会」を開催致しました。(そのときの様子を「お客様ギャラリー」に掲載してあります。)埼玉県在住のあいちゃんが、おいしいもんじゃ焼きの店をセレクトしてくださいました。もう1人の参加者、あきちゃんはこの日のためにわざわざ京都から飛行機でかけつけてくれました。
 まずは、あきちゃんを池袋の駅まで迎えにいき、それからサンシャインで開催されていた毎年恒例の「マリンダイビングフェア」を覗きました。フェアのあと、パラオの一流リゾートの総支配人様に御馳走になってしまいました。その後、月島であいちゃんと合流、閉店まで食べて飲んで盛り上がりました。
 あいちゃんは一番高いお盆の時期に、あきちゃんはもしかすると6月に計画しているバイオリン&ピアノコンサートにいらしてくれるかもしれません。

 B 日本の友人との再会
 4月8日に昨年末期がんで亡くなった母の一周忌が終わりました。早いものであれから1年です。母と生前親しかった私の友人2人が、仕事が忙しい中出席してくれました。昔より私のことを知る彼女達に今までも現在もどれだけ励まされてきたことかわかりません。今回も心身共にへばっていましたが、彼女達にだいぶ元気をもらいました。結局、朝10時から法事だったのが、彼女達を送ったのは終電間際でした。遅くまで付き合ってくれてありがとう。
 こういった冠婚葬祭の「葬」に関しては、当事者としては心が弱っているものです。暖かい心遣いが何よりもありがたく、身にしみるものです。明日も仕事で早いのに、東京からわざわざ来てくれ、思い出話に花を咲かせてくれた友人達。今現在、未来の私がどうするかなど、昔の私も知っていた上でアドバイスをしてくれ、いつも私の味方になってくれる貴重なありがたい存在です。
 反面、お金さえ払えば何事もどうにかなるというという気持は、仏様でなくでも、誰に対してもメッキでしかないでしょう。

 C 日本語の乱れについて
 最近、とみにテレビ、雑誌などで若者達(若者がどの範囲を指しているかは定かではありませんが)の日本語の乱れが指摘されています。私が添乗員の頃は、特別に接遇の先生を招いて言葉遣いの教室などがもたれました。 
 が、毎朝レストランに併設する会社のお客様の受付の手伝いをしていると、つい耳を覆いたくなるような言葉遣いが耳に入ってきます。その最たるものの一つとしては
「(出発しますとしばらくお手洗いがありませんので)、皆様お手洗いの方はよろしかったでしょうか?」という表現です。。。。。あぁ・・・・。それを使っている者達はもう30歳を超えているのにです。
 まず、いわゆる「ほうほう言葉」は随分前から識者達により指摘されています。ことに御年配の方でなくとも私の世代でも何にでも「方」をつける話し方は耳障りかつ、失礼に聞こえます。一体、何に対しての「方」なのでしょうか?
 そして「お手洗いがよろしい」とは全く持って意味不明です。古来より、「お手洗い」は「はばかり」とも言われ、そこに行くというこを口にするのも「はばかられる」場所であるのに、それが「よろしい」とは???
これは、マクド○ルドに代表される「ご一緒にポテトはよろしかったでしょうか?」から来ているのかもしれません。
 またお手洗いに行くのはこれからであるのに、「よろしかった。」は過去形ではありませんか?せめて、「お手洗いをお済ませください。」と言って欲しいものです。
 こんなことを言うと嫌味に聞こえるかもしれませんが、海外(パラオ)に何年住んでいても全く英語が上達しない人がいます。常日頃思うのですが、「帰国子女でないか限り、英語はまず文法から取りかかるべし、です。そして、国文法が出来ない人は当然英文法もできるわけがない。」のです。
 また、へんてこりんな日本語を「変だ。」と思わない上司は、注意できるわけもありません。 正しい日本語を使うには、まず美しい日本語で書かれた純文学でも読むといいと思います。

  

先日夕焼けが大変美しかったので、写真を撮ってみました。
最近お越しいただいたお客様もこの時間帯には、写真を取りまくられていらっしゃいました。
2007年4月19日
 長くて濃い休日
 日本から帰ってきて、ようやく休日を取ることができました。休日というと、若い頃はそれこそ昼まで睡眠をむさぼっていたこともありましたが、最近はいつものくせで早めに目が覚めてしまいます。結局、8時過ぎには起き出して、まずは洗濯、掃除、昼・夕食を夫のために作っておきます。

 出かける前に少しバイオリンの練習をして、13時に音楽の相棒の百合子さんと待ち合わせをしているロイヤルホテルレストランへ。今日の目的は、6月上旬に予定をしている私達のコンサート会場の下見です。ロイヤルホテルが最近ピアノを購入してくださったので、その音の調子とバイオリンとのバランスを図る意味もありました。
 まずは、太陽の光が燦燦とまぶしいレストランにて腹ごしらえ。私はランチのBセット、百合子さんはパスタを頼みました。これから楽器を弾くというのに、二人とも白ワインを注文・・・。パスタは思いがけず、アルデンテに仕上がっていました。
 ランチのお客様の足が引いたところで、ホテル側の了承を得て、演奏させてもらいました。丁度タイミングよく、日本人会の広報御担当のと〜もこさんがいらしゃっていたので、音のバランスを聴いていただきました。珍しいのか、レストランのウェイターやウェイトレスが寄ってきました。「君はオーケストラに入っているのか?」と聞かれましたが、とんでもない・・・。以前、同様な件でお邪魔した某ホテルのマネージャーさんとは違い、格段に良い反応をいただいたので、会場は先方様の御了承をいただければ、こちらにさせていただきたいな・・・と現在のところは計画しています。皆さん、お耳障りで申し訳ございませんでした。

 ざっと弾かせていただいたところで、すごすごと退散し、百合子さんのお宅の音楽ルームで、その後4時間練習しました。日本では先生を交えて3人でも合わせましたし、百合子さんのピアノの先生からも御指導をいただきました。日本で学んできたことを思い出しながら、あーでもない、こーでもない、とヘロヘロになるまで弾きました。

 夜は、たまたま仕事でパラオに来ていた同級生が百合子邸に合流しました。彼女とは学生時代同じ英語学科のクラス、その後同じ銀行に就職しました。私は3年半で転職しましたが、彼女は8年間頑張り、その後東京のツアー会社に転職しています。そして、この度何を血迷ったか?バイオリンを習い始めたとのこと。現在練習しているという「荒城の月」を披露してくれました。百合子さんが気を遣ってくださり、素晴らしい伴奏をしてくださいました。友人は「愛の挨拶」を弾くのが夢とのことですので、道は長く、仕事や家庭の仕事をしながらの練習は大変だと思いますが、途中でやめないでどうにか頑張って続けて欲しいものです。

 そのあと、友人をホテルまで送って、30分弱遅刻して、21時半より今日が最終日である「コロール州認定ガイド講習」へ参加しました。これは州が将来的に全てのガイド業に携わる者の資格保持を目指して、同じ知識を得てもらいたいと3日間に渡る講習を行っているものです。英語クラス、台湾語クラス、日本語クラスとありまして、私は台湾人達と台湾語クラスに参加しました。英語クラスに出席したかったのですが、日本に帰っていたので間に合いませんでした。日本語クラスは日本人の通訳がつくそうですが必要ありませんので、元々さっぱりわからない台湾語のクラスに参加しました。英語の説明のあと、台湾語の通訳がつきます。
 参加の台湾人の中には何人も見知った顔がいましたし、とにかく彼らは明るく元気で楽しい・・・。そして、先輩が後輩の面倒を良く見ていますし、席順なども先輩を立てた座席配置で、誰が力を持っているのかが一目瞭然でした。講義の途中や質問なども、面白い冗談が飛びますし、笑いが耐えません。このところ、元気がなく笑うことの少なかった私は、久しぶりに単純に笑えた3日でした。日本人クラスに参加していては、こんなことはなかったと思います。台湾人の単純で底抜けの元気さと明るさに救われた3日間でした。
 で、ほろ酔い気分で受けてしまった最終日の講習でしたが、無事テストにも合格し、認定証をいただくことができました。最後に皆で記念撮影をし、終わったのは24時近く・・・。と、私のながーくて、濃い休日が終わり、家に帰るとバタンキューなのでした。
   

2007年4月24日
 ミャー子ちゃんにアクシデント
 おとといの晩に、夕ご飯の時間になると腹をすかして「ミャー」と泣いて帰ってくるミャー子ちゃんの口に、釣り針が引っかかっているのを従業員が発見しました。その時既に、ミャー子が数日間行方不明で心配していたのです。憐れミャー子ちゃん、数日振りに見るミャーコはなんとなくやせ細っていて、口に異物が引っかかっていて毛づくろいできないのか、いつもきれいな彼女が汚れていて臭いのです。
 ミャー子の亡くなった兄で美猫のミー太郎にも以前同じことが起こり、こちらの動物病院で手術をして針をはずしてもらったことがありました。インパックの波止場より、韓国人の夜釣りツアーがほぼ毎晩出発しますが、(主催はインパックではなく、彼らは波止場を使用しているのみ)帰港時に余った魚の切れ端などを波止場に捨てていくことから、波止場が汚され、以前より問題になっていました。が、この魚の断片に釣り張りが残っており、可哀想に知らずに食べてしまったミャー子の口に針が引っかかってしまったのでしょう。

 毛づくろいの困難なミャー子は毛がぼさぼさ、ブラシで毛を除いてあげてご飯を食べさせると思いのほか元気です。昨晩は家に泊りましたが、一晩中私にまとわりつき、うるさいの暑いのなんの・・・、おまけにベッドの上で粗相をしてしまいました。。。ま、かわいいから仕方ないです。
 今朝、朝一番でミャー子を動物病院に連れて行くと、例の「掃き溜めに鶴」の先生が素敵な笑顔で迎えてくれます。おー、来て良かった・・・。って、ミャー子ごめんね。先生はしばらくバケーションでルーマニアに帰っていらしたそうで、今年はルーマニアも暖冬だったそうです。
 ミャー子は、以前こちらで避妊手術を施してもらった痛い思い出が蘇ったのか?ケージから出すと既に暴れています。先生と私で押さえ、首の辺りに注射をされました。
 すると・・・、ぽろりとミャー子の口から釣り針が落ちました。一同失笑・・・。釣り針は“返し”があるので、てっきり麻酔をして切開しないと取れないと思っていましたが、この様子だと単に歯に挟まっていただけかもしれません。先生が「今後は、手術の前に注射針を見せてみよう。すると釣り針が自然に取れるかもしれない。」とおっしゃっていました。
 まずは、大事に至らなくてよかったです。韓国のツアー会社には再三、ツアー後にごみを置き去りにしないよう、よく掃除をしていくよう、お願いしているのですが、またもや注意喚起をしないといけません。